読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Market Insights

ブログ移転しました⇨http://market-insights.biz

株式による不労所得は社会に価値を生んでいるのか?

結論から言うと、全く違います。思い上がってはいけない。

 

株式を保有することによってあなたは、企業が得た収益の一部を得ることができる。

例えばマクドナルドの時価総額は約10兆円なので、マクドナルド株を10万円買うことで、あなたはこの企業がハンバーガーを人々に売って得た収益の1億分の1を得る権利を持っている。

しかしそれはあなたが、ハンバーガーをグリルで焼いて、人々に手渡しているということではないし、どのような店舗設計を行い、広告戦略を打つかなどといった、経営に口を出しているということでもない。

 

あなたは単に、マクドナルドの収益に対して、所有比率に応じて分配を要求する権利を持っているだけである。

ここで、所有と経営の分離は明白である。

 

あなたが東芝の株式を持っていたとしても、不正会計に道義的責任を負わないのと同じように(もちろん株価の下落という形で金銭的責任は負うのだが)、あるいは電通の株式を持っていたとしても社員の過労自殺に対しての道義的責任を負わないのと同じように、あなたは事業が社会にもたらした価値について道義的に関わっているわけではない。単に金銭的に関わっているのだ。

 

ただし、ボードミーティングへの参加により、実質的に企業の経営に参与できる大株主については、事情は全く別である。彼ら/彼女らは、事業に対して道義的責任を負っている。事業に実質的に関わることがもたらす価値は、株式を大量に買い付ける際のプレミアムとして顕在化している。

 

保有する議決権に1億分の1やそこらのごくわずかの価値しかない株主がもたらしている社会的価値とは何か?それは市場に流動性を供給しているという事実である。

 

数十年前、ジョブズとウォズニアックがカリフォルニア州ロスアルトスのガレージでApple Iを自作しようとしていた時、彼らに資金提供を行い、代わりに株式を得た幸運な人々は、社会的な価値をもたらしていたと確かに言えるだろう。その資金提供がなければ、今のAppleはあり得なかっただろう。

しかし個人が優良企業の株式を市場から買い付ける行為には、流動性供給に対する貢献を除いて、社会的な価値はほとんどない。むしろ優良企業は事業によって生じた余剰な資金を使い、個人株主から株式を買い戻したがっている。21世紀の米国市場において、株式の最大の買い手は企業、最大の売り手は個人なのだから。

 

個人投資家の株式による不労所得に社会的価値を見出す行為は少なくとも誤りであり、更に言えば、個人投資家が社会的価値を生み出す行動をやめてしまう恐れがあるという意味で、有害でありうるだろう。